G戦場のコリア

ぬけるような青空が、うたた寝しているよ…

 

 

日本人観光客を乗せたバスは、“板門店”へ向かって国道を北上して行った。

若い添乗員の流暢な日本語につられて、

車窓を流れていく山や村を小さく見つめた

 

「北ノ人ハ、食ベルモノガ無ク、木ノ皮マデ食ベ尽クシテシマッテ

 アノヨウニ山ノ木ガ無クナッテシマイマシタ」

そこには、新緑の季節だと言うのに

ハゲあがった北朝鮮の山々が連なっている。

 

調律屋は窓に頭をもたげながら、グッタリと目を閉じた。

(あの山の向こうにケソンがある)

 

添乗員は、なおも黄色い声で続ける。

日本の植民地だった時代、38度線で南北に分断された時代

そして、朝鮮動乱…

嘲笑の混じったざわめきが止み、重たい沈黙が車内に充満する。

 

しかし、調律屋にとって、そんなことはどうでもよかった。

そんな過去の他人の不幸など、なんのリアリティーもなかった。

ケソンという街で造られている、ユリサンジャというピアノに会いたい

ただそれだけの為に、ここまでやって来たのだ。

 

バスはモノクロな滑走音を立てながら

鉄条網が張り巡らされた川沿いを、単調に走って行った。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

「ユ・リ・サ・ン・ジャ、とお読みするのですか?」

調律屋はそう言うのが精一杯だった。

『そうね、現地の人達は、そう呼んでいたわ」

「なんという街で造っていたか、御存知でいらっしゃいますか?」

『ええ、私達が住んでいたケソンという街ですよ。開城と書きます』

老婦人は静かに笑みをたたえて、ゆっくりと“ケソン”という言葉を強調した。

 

調律屋は、未だかつてこんな素晴らしいピアノに出会ったことはなかった。

ゆうに70年以上は経っているようだが、これほどまでにあたたかく

それでいてクリスタルな輝きを醸し出すピアノは初めてだった。

それはまるで、この世に存在しない架空の完璧なピアノが

うん、完璧なピアノが目の前に現れたようだった。

 

(このピアノに出会う為に、今まで調律をしてきたのかも知れない)

 

「ユリサンジャって、製作者の名前でしょうか?」

『違うと思いますわ。朝鮮語で“ガラスの箱”という意味がありますもの』

ガラスの箱か… ガラスの箱…

 

 

調律屋がユリサンジャに出会ったのは、あるピアニストの紹介で

郊外の古い洋館に調律に行った時のことである。

出迎えてくれたのは、上品な老婦人だった。

父親が軍人だった為に朝鮮に住んでいて、その時購入したピアノを

日本に持ち帰ってきた、と話してくれた。

 

ズングリとして古めかしいピアノを前にして、

老婦人は懐かしそうにピアノにまつわる思い出話を続けた。

やれやれ、やっかいな仕事を引き受けてしまったなぁ

などと思いながら、丁寧に鍵盤蓋を開けてみた。

 

黄ばんだ85鍵の象牙の鍵盤、くすんだ真鍮のYuri-Sanjaという文字

こんな無名のオンボロピアノを、よくとっておいたものだ。

どうせ使いものにならないだろう…

そんなことを思いながら、いつものようにGの和音を弾いてみる。

ところが…

 

っと、エッ?…

言葉にならなかった。なんじゃこのピアノは!なんじゃなんじゃ!

やっとのことで声になった言葉が

「ユ・リ・サ・ン・ジャ、とお読みするのですか?」だった…

 

その老婦人は、暮れに亡くなり

ピアノも屋敷ごと忽然と消えてしまった。

もう一度、ユリサンジャの音を聞いてみたい…もう一度…

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

開港したての仁川空港に降り立った調律屋は

早速インフォメーションでケソンという街はどこにあるか調べてもらう。

そう、ユリサンジャの全てが調べたくて、とうとう韓国に来てしまったのだ。

興奮のあまり、知らず知らず鼻息が荒くなってしまい

カタコトの英語を何度も聞き返されてしまう…

がしかし現在は北朝鮮の領域にあって、韓国からは行けないと言われた…

 

え?まじ? 何のためにここまで来たのだろう…

呆然とフリーズしていると、「北朝鮮との国境に近い街なので

統一展望台から臨むことならできるだろう」と地図を広げ

展望台までの行き方を丁寧に説明してくれた。

よほど哀れに見えたのかも知れない…

背中のリュックが一気に重くなるのを感じながら

とりあえずソウル市内に行き、宿を探し一泊した。

 

 

翌朝、束草(ソクチョ)という東海岸の街へ飛行機で向かった。

そこからバスに2時間以上も揺られ統一展望台に辿り着く。

そこには、国境、北朝鮮の基地、金剛山、そして

ケソンという街が海岸沿いに広がっていた。

あれれ?広がっているはずなのに…

展望台の係員に、あの辺りがケソンか?と意気揚々で尋ねると

いや、あれはコソン(高城)で、ケソンはもっと西の

パンムンジョムの上の方にあると言うではないか!

なに〜!ケソンとコソンを間違えて、こんなとこまで来てしまったのか!

空港での鼻息の荒さが原因かも知れない…

ウォ〜ッ、パンムンジョムってどこなんだ〜!

 

という訳で、再びバスと鉄道を乗り継ぎながらソウルまで戻って来た。

途中で一泊した春川(チュンチョン)という街で、ピアノ屋を覗いたが

そこには有名やヨンチャンやサミックというピアノしかなかった。

楽器店の店員に尋ねても、ユリサンジャを知ってる者は誰もいなかった…

 

パンムンジョムは“板門店”と書いて、北朝鮮との国境にある街らしい。

個人旅行は出来ないけれど、観光ツアーがあるから

それに参加すれば行けるはずだ、とのことだった。

今度こそ、ケソンに近づけるのか

今度こそ、ユリサンジャの育った空気に近づけるのか

そんな思いだけでツアーに申し込んだ。

(こっそりと国境を越えてケソンまで行けるかも…ウヒヒ)

とりあえず板門店とやらに行ってみれば何とかなるだろう。

3日目の夜はふけていき、期待が最高潮に達しながら眠りについた。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

ぬけるような青空が、うたた寝しているよ…

 

 

と、バスが停車した。

周りには銃を持った兵士が大勢いて車を停止させている。

どうやら検問のようだ。

 

「今カラ、パスポートノチェックヲスルタメニ、兵士ガ来マス」

バスの扉が開き、ガッチリした若い韓国兵が乗り込んで来た。

前列の座席から一人一人のパスポートと顔を慎重にチェックしてゆく。

ジャランジャランと聞き慣れない足音を立てながら徐々に近づいてくる。

もはや、誰も一言も発することはない。

 

ついに調律屋の前に兵士が来た。

パスポートから顔をあげた兵士と、目が合う。

一瞬、時間が真空になる。

 

兵士は反対側の座席の日本人の方へ向く。

すると背負っていた肩まである大きな銃が目の前に現れた。

「ミナサン、ココカラ写真撮影ハ禁止デス」

そのアナウンスで、ようやく呼吸が再開する。

 

 

バスは非武装地帯へ入って行き、国連基地の集会場でスライドを見せられる。

朝鮮動乱で、北朝鮮軍が釜山まで侵略してきたことなど

調律屋には、初めて知ることばかりだった。

スライドの解説者から、何度も「テキ」という言葉が発せられる。

ここでは、北朝鮮は同じ民族というより、もはや「敵」でしかなかった。

漠然としていた「敵」という言葉が、少しずつ重さを持ち始めると

曖昧だった緊張の輪郭が、ようやく見えてきた。

 

「休戦」と「終戦」とは、全く違うものなんだ…

そうか、ここはまだ、戦場だったんだ…

 

 

いよいよ共同警備区域(JSA)に入ってゆく。

そして、水色の軍事停戦会議場を目前にする。

あの建物の中に、北朝鮮と韓国の国境線があるという。

 

と、ここで北朝鮮の観光客と遭遇するというハプニングが起きた。

人民服のような服装の集団が、こちらを見つめ、ささやきあっている。

ガラスの壁のこちらでも、どよめきが湧き上る。

緊張と興奮が混ざり合って、ドクンドクンと圧縮されてゆく。

 

北の観光客の見学が終了し、ようやく小さな会議場に向かって歩み始めた。

南と北の兵士が、武器を持ったまま対峙している会議場の扉を入る。

「兵士ノ前ニアル、テーブルノ中央線ガ、国境デス。

 右ガ北朝鮮デ、左ガ韓国デス」

 

こんな線が、国境なのか…

こんな線によって、幾つもの魂が傷つき

こんな線によって、幾つもの魂が守られている…

 

ゆっくりと、いつものように、ただ歩いて

この足と、この体が、国境をまたいだ。

そして、北朝鮮の領域に立つ。

心の中で、聞いたことのない音が爆ぜた。

 

ふと、窓の外へ視線を上げると

無表情な北朝鮮の兵士がこちらを凝視している。

慌てて視線を上へ逸らすと

そこには、ぬけるような青空が、うたた寝をしていた。

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

夕方、ソウルへ戻って来た。

 

餓死している北の山から、わずか50キロ程度しか離れていないのに

ソウルでは、毎日何トンもの残飯が捨てられているという。

ソウルの夜は、日本のどの繁華街よりも

遥かにパワフルな喧噪と活気に溢れていた。

それぞれが、ただ、それだけのこと…

 

死への緊張にも、生への貪欲にも

そのどちらにも究極のリアリティーが存在している。

その鮮明な輪郭こそ、ユリサンジャを追いかけて

手に入れた“ガラスの箱”だった。

 

 

 

【著者後記】

初めての韓国を旅した時に行った街や国境での出来事を

忠実になぞったフィクションです。

ユリサンジャというのは、韓国の男性二人のユニットです。

その旅の時に何枚かCDを購入したほどの、お気に入りの歌手です。

ですので、実際にはユリサンジャというピアノは存在しません。

 

板門店での体験は、それまでの生涯では体験しなかった

異質の緊張が全身を包み込みました。

戦争を体験していない私にとって、文字通り一触即発の舞台は

頭では清算できない空気に縛られたものです。

 

国境のある軍事会議場に入る前に

命の保証は無いことを確認する書類にサインさせられます。

韓国へ旅する時に「一番のオススメは何処ですか?」という問いに

私は、迷わず板門店と答えています。

 

 

 

 

 

 ∵ 日 々 創 作  ∴ 時 々 仕 事

 

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