PPPに気をつけろ!

〜西暦2032年・東京某所〜

 

「初めまして。KAPT(韓国ピアノ調律師協会)の韓石圭と申します。

 この度は、我々のインタビューに応じていただき感謝致します。

 どうぞ宜しくお願い致します」

 

『こちらこそ、宜しくお願い致します。

 そういえばKAPT創立50周年、おめでとうございます!』

 

「アイゴー、これはどうもありがとうございます!

 50周年の会報特別号で、是非お話を伺いたくソウルからやって参りました。

 KAPTは1982年に創立したのですが、政府から認定してもらえずに

 解散しかけたんですよ。しかし2年後の1984年に韓国国家認定制度が確立して

 息を吹き返せた、という歴史もあるんですよ」

 

『というと、早々と調律師が国家資格になったわけですね?

 我々JPTA(日本ピアノ調律師協会)から見れば

 羨ましく、また信じがたいことです』

 

「いやいや、JPTAさんは社団法人として政府に認められたじゃないですか。

 それに、韓国では国家資格を持っていなくても

 御家庭の調律に伺うことに問題は無いんですよ」

 

『はぁ そういうものですか…

 ところで、今回のテーマは… 例のアレですか?』

 

「そうです、PPPです。

 今までベールに包まれていたPPPについて

 是非お話いただければと思いまして。

 なんせ、我々の諜報部の情報でも、あなた以外にPPPの工作員は

 探し出せない訳でして…
 今回が、IAPBT(国際ピアノ製造技師調律師協会)も含めて

 初めてのスクープになると思います。

 早速ですが、PPPの組織について、お話いただけますか?」

 

 

『PPPは正式には Pu Plux Planと言いまして

 早い話がアンチ日ピ(日ピ=日本ピアノ調律師協会)の秘密結社でした。

 日ピに汚名を着せようと、工作員達が日本中で活動していました。

 名簿はそれぞれコードネームで登録していましたから

 実際の人物の特定は、不可能に近いでしょうね』

 

「どのような活動をしていたのですか?」

 

『様々でした。しかし、演奏会場のミッションが多かったですね。

 一度の作戦で大勢の人々に日ピの醜態を晒せますからね。

 例えば、PPPが開発した2時間だけ効果を発揮する瞬間接着剤。

 コンサート会場に、日ピの調律師が来る前に、掃除婦に変奏した工作員が

 ピアノの調律ピンの根本に接着剤をたらしておくのです。

 すると、調律したくてもピンが回らない… 2時間近く悪戦苦闘してるとこへ

 ピアニストが到着してしまい、まだ調律されてないことを知り大激怒!

 そこに、通りかかったフリをしたPPPのメンバーが代わりに調律をする。

 接着剤の効果は、もう消滅してますからスイスイ調律が完了。

 

 こんなのもありました。PPP工作員がハンマーとダンパーを

 半音低い弦に当たるように改造しておくのです。

 そこへ、何も知らない日ピの調律師が来て調律を始める。

 半音も下がっていると勘違いして、大慌てでピッチ変更をする。

 しかし、鉄骨のブレイクで、異変にようやく気付くのですが万事休す。

 ピアニストが到着してトラブり、そこへPPP工作員が現れて救出』

 

「ということは、PPPの工作員は調律師だったのですね?

 それも、かなり優秀な…」

 

『そうです。優秀な調律師ばかりでした。

 若手なんかは日ピの会費が払えなくて除名された者や

 日ピの入会試験などで顕著になっている旧態依然とした体制に

 疑問を抱いている者を勧誘したようです。

 

 そして、まずPPPの聖典である“ピアノのピ”というテキストで

 猛勉強をします。それからベテラン技術者による特訓が開始します。 

 妨害工作は、基本的な作業を高度に、かつ迅速にこなせる技術が必要でした。

 何故なら、妨害した後に確実に良い状態へ回復しなければならなかったのです。

 日ピ会員を貶めても、コンサートに支障をきたすことは厳禁でしたから』

 

 

「PPPは、いつ頃から、どのような目的で組織されたのですか?」

 

『90年代後半です。実は日ピの幹部は、現役の日ピの幹部でもあったのです』

 

「えっ?それでは、日ピの内部で日ピを蝕む分子が存在していたのですか?」

 

『多くの工作員は、そう信じていたでしょうね。

 工作員達は、純粋に日ピを潰そうという信念を抱いておりましたから。

 しかし、本当の目的は、その反対だったのです!』

 

「というと?」

 

『PPPの真の目的は、実は日ピ会員の結束力強化だったのですよ』

 

「どうも良くわかりませんね。

 妨害工作は、明らかに日ピにダメージこそ与えるものの

 結束力が強くなるようには思えないのですが…」

 

『そうでしょうね、実はこんな背景があるのです。

 後にPPPを結成する"トンイル”は、日ピの理事だったある人物から

 相談を受けるんです。

 それは、日ピの時期会長に選任されたら、公認制度化、つまり

 調律師を国家資格制にすることを提案したいと思ってるが

 現実的にどうすれば良いと思うか、という内容でした。

 トンイルは、“それには敵が必要だ”と答えたそうです』

 

「“敵”ですか…」

 

『そうです。トンイルは組織の結束力を高めるには

 敵が必要であると考えていたのです。

 それは、国の指導者が戦争をして国民をひとつにしようとしたり

 テロリストをでっちあげて、国家間の結束を強化したり

 迫害を受けることにより宗教が強力になることと似ています。

 組織は、共通の“目的”よりも、共通の“敵”でひとつになると信じていたのでしょう』

 

「しかし、それはあまりにリスクが大き過ぎるのではないでしょうか?

 もし、そんなことがバレたら、日ピの結束力が高まるどころか

 大スキャンダルで日ピ自体が崩壊しかねない…」

 

『仰る通りです。ですからトンイルは、このプロジェクトPPPを

 日ピには報告せずに進めたのです。

 日ピが知らなければ、日ピはただの被害者でいられるからでしょう。

 

 やがて相談を持ちかけた理事は、予想通り日ピの会長に選任されました。

 予定通り国家資格の公認化を提案したのですが、案の定

 それに対する日ピ会員の反応は、冷ややかだったそうです。

 しかし、そこへ何やらアンチ日ピ組織の黒い噂が口コミで広がり始めたのです。

 日ピ会員達は、危機感を抱き始め、作戦は成功へ向かっていました』

 

 

「しかし、PPPは2002年の冬でパッタリと活動を休止してしまった…

 もう少しで日ピ会員の志気も上がって、日ピはひとつになれたのでは?」

 

『この記事を御覧になってください』

 

「2002年3月号の日ピの会報ですか…ナニナニ? PPPに気をつけろ!?

 あっ、この記事は今我々が行っているインタビューじゃないですか!

 何故、このインタビューが過去の会報に掲載されているのですか?」

 

『なんらかの方法で、未来から2002年の日ピ本部にメールで送られたのです』

 

「では、この記事によって、PPPは活動を中止したのですか?」

 

『そうです。このフィクションのような記事で、会長はトンイルを詰問し

 PPPの活動を中止する指令を出したようです。

 勿論、PPP側だってこんな情報が公表されては活動できませんから

 解散せざるを得ませんでした』

 

「しかし、それを知りながら、何故あなたはこのインタビューに応じるのですか?

 あなたがここで話さなければ、作戦は完結して成功してたのでは?

 それが日ピの為だと知っていたなら、なおさらインタビューに応じるのは…」

 

『トンイルはPPPの解散式の時に、我々はPPPの真の目的を知らせたのだから

 あとは日ピ会員の良心次第である、と言っていました。

 結局最後は、求心力と遠心力のバランスですから。

 そういった意味では、PPPの役割は完結したと思ってます』

 

 

「最後に、あなたは何故PPPのメンバーになったのですか?」

 

『動機は単純ですよ。フリーの貧乏調律師でしたから

 日ピの年会費を滞納すると、“除名にするぞ”と脅されて

 アッタマ来て、いつか日ピをぶっ潰してやるってね(笑)』

 

「そんなコト、書いちゃって大丈夫ですか?

 あなたの身元がバレちゃうのでは?」

 

『御心配なく!会費滞納者はゴマンといますから、ワッハッハ!』

 

「それが、そうでもないらしいですよ!ここだけの話…」

 

『えっ!?(蒼白)』

 

「我々もアナタだけを探し出せた訳ですし…」

 

 

(注:この寄稿はくしゃみの親戚であり

         実在の人物や状況とは何の関係もありません)

 

 

 

【著者後記】

この記事を日ピの会報に寄稿したのは2002年

韓国の調律師協会が創立20周年という記念の年であり

私自身が韓国にのめり込み始めた頃のものです。

 

当時、日本ピアノ調律師協会は、国家認定資格制度へ尽力していたものの

日本全国で約3000人いる協会員の反応は、バラバラでした。

誤解を恐れずに言うなら、幹部以外は、ほとんどが無関心だったといえます。

 

全国展開する、こうした同業者の協会は

年間3万近い会費を払いつつ、メリットが無いという

不満がくすぶっていたのも事実でしょう。

 

実際、関東では日ピという肩書きは、何の効力もなく

大手メーカーの独自のライセンスの方が

はるかに有名有実だったのは現在でも変わりません。

 

そんな実状を鑑みて、敵を拵えてみたら面白い、と思い

ちょっと強引なフィクションを創作したものです。

しかし、今では日ピは益々、有名無実化しております。

 

日ピが何をしてくれるのか、ではなく

日ピの一人の細胞として、何が出来るのか

それだけが、会費を納め続けてる原動力になっています…

 

 

 

 ∵ 日 々 創 作  ∴ 時 々 仕 事

 

10/29 楽器

「大吉君」

7/17 動画

音の影

7/15 作曲

テノヒラ未来

3/ 26 動画

冬の終わり

2/ 4 作曲

獏飼い注意

1/24 作曲

ゆらゆら

1/12 動画

自我持参