ネクタイをしめて ④

アルコールがはいると 周囲の年配の調律師は 饒舌になっていった

互いの 思い出話は やがて 自慢話になり

親子ほど年の離れた杣は かっこうの餌食になり 何故か説教までされた

 

不愉快だった

 

慣れない正座は 足の痺れを 通り越して 感覚が麻痺していた

ビールも ほとんど 飲まなかった

今夜は 恩師に お別れの挨拶をしにきたのに!

 

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杣は 卒業後 浜松に行き そして東京に戻り

音大の調律事務室に 勤務していた

そして 学生時代の夢だった 日本ピアノ調律師協会の試験に 合格した

 

(自動車教習所も イカサマ卒業であったが

 実は この日ピの試験も 非常に微妙な合格だった・・・

 ま 今はまだ それは封印しておくとしよう)

 

合格してから まもなく 恩師から小包が届いた

年始の挨拶はおろか 合格の報告もしていなかった 恩知らずの杣は 驚いた

それは ピアノの歴史の本だった

 

当時の杣は テングになっており

調律師協会に入会しただけで イッチョマエだと勘違いして

音大を辞め 独立して もうひとつの夢を達成した

 

そして 母校の調律学校の 非常勤講師のオファーを受け

再び 恩師に再会する機会に 恵まれた

恩師は 昔のまま 穏やかな笑顔だったが 杣は テングだった

 

恩師とは 曜日こそ異なるものの 同じ教壇に立ち

講師の定例会などで 顔を合わせ 1年が過ぎていった

 

当時 杣は 旧態依然とした カリキュラムを壊そうと考えていた

もっと 合理的に 論理だった学科の 内容を教えなければダメだ

生意気にも 恩師達に 反旗を翻して 自分のやり方だけが正しいと思っていた

 

2年後 恩師を含む ベテランの講師陣が 学校を辞めた

若返った講師陣だったが 杣も 数年後 学校を辞めた

 

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恩師に最後に会ったのは 恩師の自宅だった

「せんだって うちの娘が・・・」 の お嬢さんは

一級建築士になり 恩師の家を 新築した

 

新築の家には 恩師らしい 清潔な工房があり

その工房で 作業中だった ピアノは

これまた恩師らしく 丁寧な仕上がりを みせていた

 

母校の講師同士としての 気まずい別れがあっただけに

ギクシャクした気分で 素直に 謝ろうと思って赴いたが

恩師は 昔と変わらない 人懐っこい笑顔で 迎えてくれた

 

杣のアジトと 恩師の家は 比較的近くにあったため

「また 遊びに来ます」と 半ば本心で 挨拶をした

恩師は 『いつでも おいで』と 笑顔で言ってくれた

 

あれは 何年前のことだったろうか

あれが 恩師と会った 最後になる

 

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正座して 恩師の写真に 

謝罪と 感謝を 心の中でつぶやいた

そして さよならを ようやく言うことができた

 

すると 周囲の年配の調律師達の喧騒が

それまでと違って

賑やかに 恩師を送っているんだ ということに 初めて気がついた

 

早々に 挨拶をして 座敷を後にする

 

電車に乗って イヤホンから流れてきたのは

何故か スティングの イングリッシュマン・イン・ニューヨーク

窓に映った自分は ネクタイをしていた

 

うん きちんとした 調律屋になろう

時々は ネクタイをして 仕事をしよう

先生 オレ 頑張るからね!

 

 ∵ 日 々 創 作  ∴ 時 々 仕 事

 

7/17 動画

音の影

7/15 作曲

テノヒラ未来

3/ 26 動画

冬の終わり

2/ 4 作曲

獏飼い注意

1/24 作曲

ゆらゆら

1/12 動画

自我持参