シャイでチキンでモヒカンで

チェンバロを使用するコンサートで

演奏の合間に楽器の解説をさせられることがある。

裏方であり黒子でいられることが

調律屋の素敵な部分だと信じている自分には

舞台で聴衆に向かって話をすることなど

全く以て辛いのだが…

 

ニヒルでクールな調律屋なので

などと断ろうと思うこともしばしばあるのだが

ただのチキンハートがバレる方が恥ずかしいと思い直し了解する。

主催者と解説の内容や時間などの打ち合わせをし

ゆっくりと確実に緊張が始まる。

 

緊張した状態で声を出すと、平静より7度ほど音程が高くなる。

まず、その密度の薄い自分の声が大嫌いである。

その声を自分で聞くと、ますます恥ずかしくなり

緊張が加速し早口になり、その状態で頭の中は真っ白になり崩壊する…

 

しかし、その要因が自意識過剰であることを自覚してから

少しずつ緊張が緩和するようになった。

考えてみれば、楽器を造る人間は

最も楽器に関して精通している訳だし

聴衆に楽器の興味を抱いてもらえることは嬉しいのだから。

 

両極端な性格な自分は、どうせ解説するのであれば

ウケを狙うことを考えるようになった。

クールでニヒルでダンディで

サラリとジョークを交える自分を想像しては

一人悦に入っていた。

どうやら自意識過剰は変わらないようだ…

 

 

「チェンバロとはイタリア語で、英語でハープシコード

 フランス語ではクラヴサンなどと呼ばれているのですが

 実は全て同じ楽器なのです」

 

まずは、穏やかなテノールで、会場を見回しながら

楽器の名称をサラリと説明する。

 

「ピアノとどう違うのか、という質問をよくいただきますが

 結論から申し上げますと、共通点はたった二つしか無いのです。

 すなわち、鍵盤があり、弦が張ってあるという二点以外は

 ことごとく異なる楽器なのです、はい」

 

早い段階で聴衆に「おや?」と思わせることが重要である。

恐らく華奢なグランドピアノ程度にしか考えていない聴衆の心理を

軽く刺激しておくのである。

この辺りから、古畑任三郎を彷彿とさせる口調を

さりげなく振舞うのを忘れない。

 

「最大の違いは、何と言っても発音の仕組みでしょう。

 ピアノは弦を叩いて音を出しますが

 チェンバロは弦をはじいて音を出しています。

 つまり、ギターなどと同じ原理で音が出ているのですね」

そしてオモムロにジャックを高く掲げるのである。

 

 

解説時間が長く設定されていれば

ヨーロッパと鍵盤楽器についても触れる。

リコーダーに鍵盤を付けたのがオルガンで

リュートに鍵盤を付けたのがチェンバロで

ダルシマーに鍵盤を付けたのがピアノで

ヨーロッパだけが鍵盤という合理的なシステムを導入したがる云々…

 

 

「見た目には分からない違いも、勿論たくさんあります。

 まず楽器の重さですが、コンサートで使うグランドピアノは

 450キロほどありますが、このチェンバロは僅か80キロくらいで

 大人二人で楽々運搬することが出来るのです」

 

「その重さの違いは、中に張ってある弦の力の差でもあります。

 ピアノは20トンほどの張力がかかっており

 それに耐える為に堅牢な鉄骨が入っております。

 しかしチェンバロのそれは800キロくらいなので

 木材だけのボディで耐えることができるのです」

 

ピッチや音域に触れることもある。

5オクターブの音域で、ベートーベンの中期のソナタまで

弾くことが出来ると説明すると、多くの人は驚く。

バロック時代には、地域によって幾つもピッチが存在し

現代の楽器は鍵盤を移動させて対応している云々…

 

実は現代のピアノこそが、楽器の中で非常識の塊である。

音域、内在している力、重さ、調律の狂いにくさ、価格等々…

しかしピアノの普及によって、いつの間にか

ピアノをスタンダードとして捉えてしまっているので

チェンバロなんぞは異様に思われてしまう。

 

本番前や休憩中に、ピロピロと調律なんぞさらしていると

そんなに調律が狂うのですか?などと問われる。

他の弦楽器を見てみたまえ。彼等も曲間ごとに調律しているではないか。

これこそが楽器の標準であり、ピアノと比べてはいけないのだ。

 

価格にしても、二段鍵盤のチェンバロは300万円近くする。

もちろん、高額である!

しかし、どこかでピアノと比較しているので、殊更高価に感じるのである。

忘れてならないのは、全ての楽器の中で

100gあたり最も安いのがピアノであるということだ。

 

最近は、チェンバロの価格の話は、トークの最後に持ってくる。

一通り楽器の説明を終えて、最後に「それでは気になるお値段です!」

実は、聴衆は結構チェンバロの価格に興味を抱いているのである。

「今なら、この高低自在ピアノ椅子までお付けして、なんと」

と、ここまで興奮を高め、ちらりと舞台袖に視線を移し

「あ、残念ながら、どうやらお時間が来てしまったようです」

 

これは、それなりにウケて締めくくることが出来る。

しかし、毎年同じコンサートで楽器解説をやっていると

前年と同じ聴衆がいらっしゃる可能性もあり、オチを変える必要も出て来る。

クールでニヒルな調律屋は、それなりに配慮を怠らないのである。

 

 

「余談になりますが、先ほど演奏されたバッハですが

 彼は1685年に生まれ、1750年に亡くなりました」

ふうん、それがどうした?そんな聴衆の表情をグルリと眺めながら続ける。

「実は日本にも同じ時代を生きていた有名人がいるのです」

 

「その人は、バッハが生まれる前年の1684年に生まれ

 バッハが亡くなる翌年1751年に没していて

 ほとんど同じ時代を生きていたんですね。

 その人の名は、八代将軍徳川吉宗、そう、皆さんも御存知の

 暴れん坊将軍とバッハは、同じ時代を生きていたのです!」

 

歴史に興味の無い人でも、暴れん坊将軍は知っている。

そんな人達の意外なシンクロを提示され、聴衆は静かな感嘆に満ちる。

「そんなわけで、ヨーロッパでチェンバロが流行っていた頃

 日本ではチャンバラがはやっていたのです!」

 

軽く頭を下げ、拍手喝采の中、堂々と歩いて舞台袖に消える。

それでいいのだ。

アンケートの中には、消費税の確率で「調律のお兄さんがイケてた」

などというものが残り、演奏者から『来年も是非』というオファーがいただける。

 

いやまあ、現実に仕事は激減している。

これは演奏者よりウケる解説をしてしまったからだろう

などとニヤリとしながらウナダれていると、後輩は言った。

『先輩、そんな髪型と服装してるから仕事減るんですよ』

まあ、それもやぶさかでないこともなくもないかも知れない気がしないでもない。

 

 ∵ 日 々 創 作  ∴ 時 々 仕 事

 

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1/ 8 作曲#105

      「ソナチネ