証言

 

 

 

 

証人1

 

 い最近のことだ。夜中にふと目が覚めると、ベッドサイドの時計がいつも同じ時間を指していることに気づいたのは。もともと寝付きは良い方で、そのまま朝を迎えるのが当たり前だったのだが、いつからだろうか、夜中に必ず一度は起きるようになってしまった。仕事のストレスが溜まっているのではないかと、妻は心配してくれる。

 

 あの日は、妻が夜から出かけてそのまま友人の家に泊まってくるというので、仕事を早く切り上げて8時半頃には帰宅した。友人というのは妻の大学の同期で、かれこれ15年近く、家族ぐるみで親しくしている。子供たちの世話でなかなか自由に時間を使えない妻も、たまには羽を伸ばしたいだろうと、妻には内緒で私とその友人とで計画したのだ。

 妻を送り出し、娘が寝ているのを確かめてから風呂に入り、少しだけ酒を飲んで寝た。息子は試験が近いらしく、まだ勉強をしているようだった。

 

 目が覚めたのは、また、223分だった。迷信深い方ではないが、あまり気持ちのよいものではない。いつもであれば再び目を閉じるのだが、連休前夜、妻もいないことだし、たまには夜更かしをしようという気になって、寝室を出た。息子の部屋からはまだ灯りが漏れていた。

 食器棚の奥にしまい込んでいたブランデーをグラスに注ぎ、ベランダに小さな椅子を出して、遠くの街の光をぼんやりと眺めながら夜風にあたる。眼下には広々とした公園が広がる。こんな時間だ、人影もなく、木々も眠っているように見える。

 本当は一軒家が欲しかった。まあ、しかし、このマンションも悪くない。

 

 あの事件が起きた時間、たしか3時前後だったか、私はまだベランダにいた。救急車のサイレンがすぐ近くで止まったので、多少気にはなったものの、その交番はベランダからは見えないところにあるので、結局何も分からなかった。事件のことを知ったのは翌日だ。

 

 閑静な住宅街で子供も多い。オカルトじみた話題に野次馬が騒いでいるようだが、とにかく、警察が一刻も早く事件を解決してくれるよう望む。

 そういえば、あれ以降、夜中に目が覚めることはなくなった。

 

 

証人2

 

 っちゃい子はね、はやく寝なきゃいけないのよって、おかあさんが言うの。だからおかあさんに絵本を読んでもらって、くまちゃんのぬいぐるみといっしょに、寝るんだよ。うん、だいたい8時ごろ。おとうさんはおしごとでいつもおそいから、さきに寝ちゃう。

 

 そう、これお気にいりなの。「いろんないきもの しらないいきもの」っていう絵本。おとうさんがたん生日にくれたんだよ。カッパってしってる?あたまにお皿がのっかってて、かわくと死んじゃうから、いつも川にいるんだって。およいでお皿なくしちゃわないのかな。あと、きゅうりが好きなんだって。わたしとおんなじ!

 こうえんのとなりに川あるでしょ?こんどお兄ちゃんといっしょにカッパさがしにいくの!お兄ちゃんはしけんがあっていそがしいから、おわってからね。

 

 このあいだね、おかあさんとこうえんにいったら、しらないおじさんが来て、おじさんもその本すきだよって言ったんだ。うん、いつももってくの。ふしぎないきものがたくさん書いてあっておもしろいよねって。だから、こんどいっしょにカッパさがしにいこうよって言ったら、カッパもいいけど、もっとおもしろいいきものがいるんだよって。なんて言ってたかなあ…なんかのこどもみたいな名まえだった。こんどつかまえてきてくれるって。

 

 そのおじさん?あれから会ってないの。

 

 

証人3

 

 んびり映画でも観に行かない?と、友人のMから電話をもらったのが、10日ほど前のことでした。彼女とは大学時代からの付き合いで、結婚をした年も同じ、子供もお互い2人ずつ、共通点が多くて話も合うんです。うちはまだ下の子が小さくて手が離せないのですが、彼女のところは2人とももう中学生。育ち盛りの男2人で大変よって、いつもこぼしてます。

 

 彼女が誘ってくれたのは、夜の9時半から始まるレイトショーの映画でした。終わると12時近くなるから、そのままうちに泊まってよって。映画館は彼女の家のすぐ近くなんです。ご主人は単身赴任中、息子さんたちは部活の合宿で週末いないそうで、久しぶりに女2人で羽伸ばさない?って言ってくれました。

 彼女の誘いは本当に嬉しかったのですが、子供のこともあるし、夫に相談してみるねって返事をして、そうしたら夫があっさりとOKしてくれたので、びっくりしました。彼も仕事で疲れて帰ってくるのに悪いかなとは思ったのですが、滅多にないことなので、甘えさせてもらいました。

 

 映画はいわゆる単館上映もので、フランス人の監督が日本古来の様々な伝説をもとに独自の解釈で形にしたという、ちょっと不思議な感覚の作品でした。観終わってから、静かに感想を語り合いたくなるような、余韻に包まれました。

 彼女の家に着いたのが12時過ぎ、それから2時間くらいおしゃべりしたかな、久しぶりに飲んだワインが結構まわっちゃって、最後の方はあまり覚えていないんです…。

 

 翌日はお昼過ぎまでのんびりさせてもらって、帰りは彼女に車で送ってもらいました。そうしたら、うちのマンション裏の交番で夜中に事件があったとかで、警察車両や報道の人たちでごった返していて。帰宅して夫に聞いてみましたが、彼もまだ詳しくは知らないようでした。子供も動揺している様子はなかったので、ほっとしました。テレビのニュースで見たらしく、田舎の両親からも電話が来ましたが、心配いらないよ、と話しました。

 

 そういえば、このあいだ観た映画のワンシーンが、時々ふっと脳裏をよぎるんです。日本の田舎を訪ねてきたフランス人の老人が、森の奥をただじっと見つめているというだけの場面なんですが、なんだか妙にぞくっとするような感覚があって。未知のものに対する不安な気持ちというか…。

 ああ、早く事件が解決しないかしら。

 

 

証人4

 

 こんとこ物騒だね。俺こういう仕事してるからさ、プライベートは静かな環境で過ごしたいんだけどさ、困っちゃうよね。

 え、俺?俳優だけど。知らないの?あのCM見たことない?崖に片手でぶら下がって叫びながら雪男と格闘するやつ。すげぇ流行ったんだけど。あ、そ、まぁいいや。

 

 で、なに?事件のことなんか俺知らないよ。あの日もモデルの女の子と朝まで飲んでたし。ほら、通り沿いにちょっと洒落たバーあんじゃん。このへん他にたいした店ないしさ、うち来られても面倒だし。マンションの管理人がじろじろ見てくんだよね。だから女の子いる時はあそこ行くんだよ。あんたも行ったことある?俺のサイン飾ってあるから。

 

 家に帰ったのは、そうだな、朝の6時頃だったかな。その日は昼過ぎからロケだったからね、ひと眠りしようと思ってさ。んで帰ってきたらあの人だかり、ビビったよ。実はついこの間、いま人気のアイドルの女の子とちょっとあったのね。それかなと思って。いやぁまさかあんな事件が起きてるとはね。

 

 ああ、一緒に飲んだモデルの子?槌野なんとかちゃんって言ってたっけか、まあまあ可愛い子だったよ。やっぱこの世界コネが大事だからさ、顔売りたい若い子が俺んとこ来んのよ。もちろん変なことはしないさ、そこは俺だってプロだからね。ちゃんと実力見て、あと先輩への礼儀?大事だよね、そこらへん。

 

 でもあれ以来、連絡とれないんだよな。槌野なに子ちゃんだったかな、忘れちった。

 

 

証人5

 

 虫剤買ってくんの忘れちゃったんですよ。母から頼まれてたんです、あのパッケージの虫の絵が気持ち悪いから代わりに買っといてくれって。で、夜コンビニに行きました。10時過ぎだったかな。そしたら学校の友だちがたまたま、授業のノートをコピーしに来てて、一緒にアイス食いながら20分くらい立ち話しました。

 

 帰ってきたら父がリビングにいるっぽかったんで、そっと自分の部屋に入りました。会うと勉強とか学校のこといろいろ聞かれてめんどくさいんで。あと、その次の日が学力試験だったんですよ、だから勉強しなきゃいけなかったし。三連休の初日に学力試験って、ほんとやめてほしいですよね。

 そのあとたぶん3時間くらいは勉強してました。で、僕よくやっちゃうんですけど、そのまま机で寝ちゃったみたいで、起きたら明け方でした。いつもは母が気付いて起こしに来てくれたりするんですけど、その日はいなくて。そこから2時間くらい布団で寝直して、7時には起きてリビングに行きました。

 

 はい、父はもう起きてました。何か事件があったみたいだぞって言われて、でも僕まだ眠かったし、試験のことで頭いっぱいだったんで、別にどうでもいいよって。妹はまだ寝てるみたいでした。まだ4歳なんですよ、めちゃくちゃ可愛いっす。

 マンションを出たら、すごいたくさんパトカーが止まっててびっくりしました。野次馬の人ごみの中を通り抜けるのが大変で、バスに乗り遅れるとやばいんで、急ぎました。だから事件のことは、気になったけど、何が起きたかはよく知らなくて。

 

 試験ですか?英・国・数・理・社の5教科でした。僕、どっちかっていうと文系で、理科苦手なんですけど、生物で変な問題が出て。UMAってわかります?未確認生物のことなんですけど、それの定義を述べ例を挙げなさいっていうんですよ。例って言われたって、試験の解答欄に、まじめにネッシーとか書けってことですよね、おかしくないですか?

 なんだったんだろう、あの問題。

 

 

証人6

 

 を見る目については、私は自信ありますよ。仕事柄いろんな人と毎日話しますしね、変な奴がうちのマンションに入って来ないように、気をつけてますからね。ええ、おかげさまでもう30年以上になりますかな、管理人を続けさせてもらってます。随分この辺りもマンションが増えましたが、昔はうち以外はあんまり高い建物なかったですよ、はい。

 

 私らも年をとりましてね、昔は夫婦で手分けして24時間、管理人室に常駐しておったもんですが、10年ほど前に監視カメラも付けましたのでね、ここ最近は深夜はそれに頼っておりますよ。まあでもやはり、人と人とのつながりを大切に、顔を見て声をかけて、住人の状況を把握してこその管理人ですからな、なるべく機械には頼りたくないですな。

 

 あの晩ですか。いやあ恥ずかしながら、気づかんかったのですわ。熟睡しとったんでしょうな。家内は、夢の中でサイレンを聞いたなどと言っとりましたが。管理人室はマンションの一番端にありましてね、あの交番は正反対の裏手にあるもんですから。いつも通り5時に目が覚めまして、なんだかやけに外が騒がしいもんで出てみたら、あの騒ぎで。まったく。

 

 監視カメラは、マンションの入り口と廊下にしかないですから、裏の方で何かあっても写りませんね、残念ながら。今度のようなことがあると、外壁にも付けにゃならんようになりますかねえ。

 数年前には、うちの前の公園にも監視カメラが付きましたよ。まったくねえ、住民の憩いの場の公園に監視カメラとは、いやな世の中になったもんですよ。

 

 あの公園は夜中に奇妙な生き物が現れるとかなんとか、前から噂がありましてな、ユーレイだかユーマだか知らんが、そんなのを研究している学者連中がその監視カメラの映像を手に入れようとして、役所と揉めているらしいですわ。まったく、ねえ。

 

 

証人7

 

 実は小説より奇なり、と申しますからね、あながち嘘ではないのかもしれないわね。何がって、ほら、亡くなった方が言い残したっていう、アレですよ。昔からの言い伝えでありますでしょう、あのような伝説の生き物は、もしかして神様のお使いじゃないかしらね。あなたもそう思わない?

 

 あら違うんですよ、私たちはね、ここに住んでいるのじゃないんです。隣の県の山奥に家があるんですよ。田舎でねぇ、まだ森もたくさん残っていて、空気もきれいで良いところですよ。ここに住んでいるのは、私たちの娘の夫婦なの。ほら、こんなことがあったでしょ、ちょっと心配になって、孫にも会いたいもんだから出てきちゃったのよ。

 ほら、あなたもこっちに来て、こちらにご挨拶して。わざわざ事件の取材で見えたのよ。

 

 それで、どうなの?何か進展はあったんですか?あら、あなたはご存知ないのね。いいのよ、ごめんなさいね。

 私、小さな頃から妖怪やら何やらの話が好きでね、いま住んでいる家はもともと私の実家なんですけど、田舎ってね、そういう話がたくさん残ってるの。それこそ今度の事件のあの生き物だって、実際に見たことがあるという人がいるのよ。そんな話を大人たちからたくさん聞かされて、子供心にわくわくしたものですよ。

 ふふ、娘たちが心配というのは口実。不謹慎かもしれないけれど、気になってね。

 

 ひとつだけ言えることは、神仏への尊敬の心を日本人は大切にすべきということですよ。ほんとよ。生き物と自然を大切にして、感謝して生きていくこと。そうしないと、祟りって、あると思うのよね。

 

 

証人8

 

 の如し。私の人生をかけてきた研究が証明されたに過ぎません。何を疑っておられるんですか?あれは実在する生き物なんです。亡くなった方はお気の毒だが、きっと何か悪さをしたんでしょう、無理やり捕まえようとして反撃されたか、いきなりカメラのフラッシュをたいて驚かせ、怒らせたか、そんなところじゃないですか。

 

 ええ、私はそう思っていますよ、これは殺人じゃない、ある種の自然死または自殺だとね。意思のある生物を一方的に攻撃したら、仕返しされるのは当然のことです。その覚悟なくして、生態のはっきり分かっていない、いわゆる未確認生物に対峙するなど、もってのほか。

 だから前から言っているんです、検証のために監視カメラの映像を提供して欲しいと。そう、公園のやつですよ。まったく役所というところは、なぜあんなに融通が利かないのか。我々にもっと早く協力して、それを研究に生かしていれば、こんな事件は起きなかったかもしれないのに。

 

 近くに交番があってよかったですよ。そこに逃げ込んで、最後にひとこと、あれの名前を言い残して亡くなったんでしょう?それが証拠となって、この事件は注目を浴び、我々の研究も日の目を見て、ひいてはこの分野の発展につながっていくのだから。

 進歩には犠牲がつきもの。亡くなった方のおかげで、きっと研究は加速度的に進みます。

 

 ああ、それは大丈夫です、夜行性なので、公園で遊ぶ子供たちに害は及ばないでしょう。ただ、最近この辺りも騒がしくなってきて、夜も飲食店などの照明でずいぶん明るくなってきましたからね、生態系を崩された生物たちがどのような行動に出るか。

 神のみぞ知る、ですね。

 

 

 

取材後記

 

これは某年某月某日、とある郊外の某公園脇にある交番において、深夜にやってきた人物がその場で突然死したという未解決事件について、交番横のマンションの住人等に行った取材を、順不同に書き下したものである。

被害者が最期に口にした言葉(ダイイングメッセージ)が世間の興味を引き、一時は大きな話題となったが、これといって解決の糸口も見つからぬまま月日が経ち、今となっては覚えている人も少ない。

警察が引き続き捜査を続けているはずだが、いずれこの取材記録も全く無用のものとなるであろう。

 

世の中に数多ある不可思議、自然の持つ底知れぬ力、どれだけ科学の力が進歩しても解明し得ないこと限りなく、人智の及ばぬところなり。

 

 

 

<了>

 ∵ 日 々 創 作  ∴ 時 々 仕 事

 

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