音楽が まわっていた頃 2

音楽は いつも まわっていた

ある時は ぐるーん ぐるーん と

ある時は くるくるくる と

 

 

子供にとって カセットテープの 最大の魅力は

自分で録音できることであった

姉と二人で 笑いながら カセットデッキにむかって 歌ってみたりしたものだ

 

レンタル・レコード屋に 小遣いをもらっては通い

カセットに ダビングしては 「さよなら さよなら さよならー」と 歌っていた

念のために言っておくが これを歌っているのは 淀川長治ではない

 

初めて借りたレコードは たぶん 

松本伊代の 「センチメンタルジャーニー」だったと思う

イヨはまだ 60ではない

 

いわゆる 「歌謡曲」なるものは 家族中と沈黙協定を交わし

息を殺しながら ラジカセをテレビに ひっつけて 録音していた!

その録音中に 電話なんぞかけてくる無粋な奴は 生涯忘れないくらい 恨んだ!

 

やがて オートリバースなる装置が 開発され

カセットを裏返す手間もなく アルバムを全部 聴くことができるようになった!

なので A面の最後の空白時間には ムリヤリ別の曲を 録音したりもした

 

そして ダブルカセットなる装置が 開発され

テープから テープへ 倍速でダビングできるようになった!

(もちろん ツメを折るのも 忘れない!)

 

小遣いが値上がりする度に テープの質も 上がっていった

ノーマルから クロムへ そして ハイポジションやら メタル

クロムあたりから 一度録音したテープに もう一度 上書き録音することも なくなった

 

それでも カセットテープは 聞けば聞くほど

ウドンのように 伸びていってしまった

そういったこと 全て含めて 音楽だった

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

中学生時代の ある夏 悪友3人で 房総の海に行った

ローカルな電車は 海水浴に向かう 若者であふれており

にぎやかな車内に 窓から入る僅かな風が とても涼しかったのを覚えている

 

当時 ウォークマンという 携帯できるカセットプレーヤーが登場していた

そんなシャレたもんは 必要ねえぜ と 買ってもらえない悔しさをバネにし

杣は 電池を満タンにした 重く大きなラジカセを その夏の旅に 持参していた

 

ローカルな電車は 単線で 時々 すれ違う電車を待つべく

やたら長い 停車時間が 数駅に一回 繰り返されていた

当然 ドアは開け放たれたまま セミシグレと 灼熱の太陽に 抱擁される

 

杣と悪友は ドアの前に ベタっと座り ドアの外に顔だけ出して 涼んでいた

ラジカセからは ヘッドフォンを通して エイジアの ヒート・オブザ・モーメントが

御機嫌にビートを 刻んでおり 杣もノリノリに 体をゆすっていた

 

と その時 ナニモノかが 杣の頭を 両脇から締め付けやがった!

その あまりの唐突な出来事に 杣はパニックに陥りかけたが

なんてことはない ドアーが 閉まって 顔が挟まれていただけのコトだった

 

悪友の手前 つとめて 冷静な態度を取ろうと 

「あー いやー ビックリしちゃったなー ハハハ! 挟まれちゃったよ!」

と 乾いた声で振り向いた瞬間 ・・・車内の連中が みんな こっちを見て笑っていた!

 

ヘッドフォンで音楽を聴きながら しゃべる 自分の声が 

バカデカクなることを知ったのは

この時が 初めてであった・・・

 

シャイな杣少年は 恥ずかしさで 海まで 一度も顔を上げることが出来なかった

カセットは エイジアから オフコースに 変えてしまった・・・

そんなふうに 音楽は いつも まわっていた 

 ∵ 日 々 創 作  ∴ 時 々 仕 事

 

7/17 動画

音の影

7/15 作曲

テノヒラ未来

3/ 26 動画

冬の終わり

2/ 4 作曲

獏飼い注意

1/24 作曲

ゆらゆら

1/12 動画

自我持参