広すぎる部屋

僕の家には、部屋がむっつある。父ちゃんも一緒に住んでいる。

 

 

一番小さな部屋は、いつも扉が閉まっている。

時々父ちゃんが、すごい勢いで駆け込んで行く。

僕も一緒に入ろうとするのだが、父ちゃんはすぐに扉を閉めてしまい

僕は扉の外で待っている。

 

ある日、父ちゃんが勢い良く扉を閉め過ぎたせいで、扉が開いてしまった。

僕が眺めていると、父ちゃんはズボンを脱いだまま座りながら

「あっちに行っていなさい」と追い払おうとする。

でも、僕はその部屋を見るのが初めてだったので、中に入って行った。

すると、なんだかプーンと臭くなってきた。

僕はあまりに臭かったので、その部屋を「臭い部屋」と呼んでいる。

もちろん、2度と入りたいとは思わない。

 

 

その隣の部屋には、父ちゃんは何故か素っ裸になって入っていく。

僕はくもりガラスの向こうで、父ちゃんがバシャバシャと

大騒ぎをしているのを知っている。大騒ぎしていたわりには

父ちゃんはスッキリした顔で出てきて、「ジローも入りたいか?」と

御機嫌に話しかけてくる。

僕は父ちゃんが出た後にその部屋に入ってみたが

なんだかベチャベチャして気持ち悪かった。僕は水が大嫌いだ。

その部屋は「キモイ部屋」と呼んでいる。

 

 

僕と父ちゃんが寝るベッドは、畳の部屋にある。

僕がまだ小さかった頃、押入れを出入りするために

フスマに無数のトンネルを作ったまんまだ。

父ちゃんは僕が一人で寝ていると、「ジローはいいよな、俺は不眠症なのに…」と

ぼやいているが、夜になるとお酒を飲んで、すぐにガーガーと寝てしまう。

あまりにうるさいので、僕はしばらく遊んでいる。

だから、昼間眠くなってしまう。でも、父ちゃんはそのコトを知らない。

僕はこの部屋を、「雷の部屋」と呼んでいる。

 

 

ご飯は台所のある部屋で食べる。

父ちゃんは機嫌がいいと缶詰をくれるが、普段はカリカリばかりである。

父ちゃんは何を食べているかというと、キムチとか真っ赤なスープとか

辛そうなものばかりだ。だから、ちっともおいしそうに思えない。

ステンレスの箸やスプーンを得意げに見せて

「これで俺も、立派な韓国人だ」とはしゃいでいる。

でも父ちゃんは、僕が悪戯をすると

「そんな悪い子は、電子レンジの刑だぞ!」とか

「冷凍庫3時間の刑だ!」と怒鳴りちらす。

だから、僕はこの部屋を「拷問の部屋」と呼んでいる。

 

 

僕と父ちゃんがくつろいでいるのは、机のある部屋だ。

でも、父ちゃんはうるさい。ギターを弾きながら大声で歌っていたり

小さな箱を耳にあてて独り言を言っている。

僕が父ちゃんのヒザの上で寝ていても、いきなり「あーモシモシ、俺だよ俺」

とか喋り出す。かと思えば、急に緊張した顔で「あ、すいません、ハイ、ハイ」

と謝ったりする。でも、なんと言っても夜中の独り言が一番怪しい。

ニマニマしながら「ヨボセヨ、ナヤ、ナッ。オークレ」などと

意味不明の言葉になる。そして、高らかに笑い、ニヤツキ、やたらに長い。

最初は父ちゃんが狂ってしまったかと思ったが、今はもう慣れてしまった。

慣れとは、全く恐ろしい。

僕はこの部屋を「つぶやきの部屋」と呼んでいる。

 

 

最後の部屋に、名前はまだ無い。

 

父ちゃんが一番好きな部屋で、とても不思議な部屋だ。

可愛い僕を放ったままで、朝から晩までずっと閉じこもっている。

時々、カリカリを山のように皿に盛ってくれる。

そんな時は決まって「今日はコンサートだから遅くなるけど

いっぺんに食べちゃだめだぞ」と言って、その部屋に入って行く。

でも、僕はコンサートが何か知らないから、ぜーんぶきれいに食べちゃって

昼寝をしてしまう。でも、父ちゃんはなかなか部屋から出てこない。

陽がすっかり暮れて真っ暗になっても、父ちゃんは出てこない。

僕はその部屋の扉の前で、お腹が減ったよーとミャーミャー叫ぶが

父ちゃんは出てきてくれない。

僕は、父ちゃんが怒ることをすれば出てくるだろうと

「雷の部屋」のトンネルをもうひとつ作ってみる。でも出てこない。

「拷問の部屋」の鍋の中のキムチチゲをひっくり返してみても

父ちゃんは出てこない。もっと大きな音がすれば、、、と思って

「つぶやきの部屋」のギターを倒してみる。

ドゥォッカーン!グァッチャーン!、、、それでも、父ちゃんは出てこない。

前に父ちゃんの耳に噛み付いたら「こらジロー!俺とお前のゴハンは

この耳で食べられるんだぞ!噛み付くとは何事じゃ!」と威張っていたくせに

僕の声も聞こえないじゃん。

父ちゃんのバカ!アンポンタン!スットコドッコイ!、、、

 

僕はいつの間にか寝てしまったらしい。

気がつくと、父ちゃんが真っ赤な顔をして怒っていた。

「コノヤロー!部屋中を散らかしやがって!俺のキムチチゲ返せ!」

父ちゃんは本気で追いかけてきたが、僕は嬉しかった。

お腹はペコペコだったけど、絶対に捕まらないように追いかけっこをしてあげた。

 

 

 

ある日、僕はその部屋の中に入ることができた。

なんだか窮屈なせまい箱に入れられたまんまで。

箱の窓から見えるその部屋は、他のどの部屋より広かった。

だって、部屋の中に空もあるんだもん。

 

父ちゃんは箱を持ったまま、大きな箱に乗った。

すると、その大きな箱の窓から見える景色は、次々に流れていった。

僕は、父ちゃんがどうしてずっとこの部屋にいるのか、やっと分かった。

だって、とっても楽しいんだもん。

僕は、やっとこの部屋の名前をつけることができた。

「広い部屋」

そう、とーっても広い部屋だ。でも、この部屋はどこまで続くのかな。

 

「もうちょっと辛抱してるんだぞ。もうすぐ着くからな」

父ちゃんは、僕を持ったまま、階段を上がって別の扉の前に立った。

すると、知らない人間がニッコリとして「まあジローちゃん、良く来たわね」

と歓迎してくれた。「広い部屋」の中には、別の人間もいるんだ、すげー。

僕は別の人間の部屋の中に入って、いろいろ探検を開始した。

すると、いつの間にか僕のゴハンの皿やトイレが運び込まれていた。

そして父ちゃんは、その人間に「じゃ、母さん、しばらくジローを頼むね

また出張から帰ってきたら連絡するから」と話していた。

そして父ちゃんは僕を抱き上げて「ジローいい子にしてるんだぞ」と言って

今来た扉を開けて部屋の中へ入って行ってしまった。

僕は扉の前に行って「父ちゃーん、父ちゃーん!」と叫んだが

父ちゃんは戻って来なかった。

母さんという名の人間は、僕を抱き上げながら

「ジローちゃん淋しいの?大丈夫よ

お兄ちゃんはすぐに迎えに来てくれるからね」と言ってくれたが

僕の父ちゃんは、いつの間にか、お兄ちゃんという名前にすりかえられていた。

 

 

あれから半年が経つけれど、父ちゃんはまだ迎えに来てくれない。

だいたい、この部屋が広すぎるからいけないんだ。

こんなに広くなければ、父ちゃんはずっと一緒にいてくれたのに。

僕は「広い部屋」を「広すぎる部屋」という名前に変えてしまった。

 ∵ 日 々 創 作  ∴ 時 々 仕 事

 

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